2012年4月7日土曜日
手術をしたもうひとつの理由 (3)
電話を切って即だんなさんに電話した。ねぇねぇどうしよう、面接キャンセルしといてあと2週間は会えませんから、なんて言ったけど、ちょっとずうずうしかったよねぇ、私。とふらふら気味の癖してあせりまくってる私。だんなさんもそれはねぇ、でもしょうがないかもねぇ、なんてなんとも言えない状態。その時ふと、彼が「熱があったら手術は出来ないんじゃないの?」なんて、当たり前の事を言ってきた。そうだ!もちろんだ。熱があれば手術は出来ない。と言うことは、病院のほうにも電話をするべきなんだ。もうこの時点では気力も体力も無い私、「お願いだから病院に電話してくれる?」とだんなさんに全部代わりにしてもらった。
行動力のある私のだんなさんは即先生に電話して、手術を一週間延期してきた。その後すぐ私に電話してきて、今すぐ面接者に電話を入れて手術を一週間延期したことを伝えろと言うのだ。あちらの為に手術まで延期したとすれば、そこの所は見込まれるかもしれないと言うのだ。「でも、一週間以内に面接できなかったらどうするのよ。そしたら2週間どころか3週間もあえなくなるわけじゃない。」とちょっと疑い深かったが、こういうことにかけてはいつも彼が大当たりのほうが多いので、一応電話してその事を伝えた。と言うより用件をボイスメールに残した。
次の日奇跡が起こった。あちらからまた二次面接の連絡が来たのだ。やったね!二次面接は手術の前日。今回は気分爽快。準備万端で、面接場に45分前に到着。車の中で一人面接のリハーサルをしながら心を落ち着けた。面接の10分前に車を出てビルの8階に向かう。面接は本当は5人のはずが、一人どうしても来れなくて4人だった。最初は自己紹介から始まり、チームワークや、データ管理、他のアリゾナ州のエージェンシーとの付き合い方、また幼児児童の保育免許や許可証に関するアリゾナ州法律(Arizona Revised Statutes)や規則(Arizona Administrative Code) などの質問を次々とされた。中には、ちょっと考えてしまう質問もあったけど、今の仕事のおかげで全部満足に答えられたと思う。他の人がどう答えたのかすごく興味津々になる質問が多かった。
と言うことで今は結果を待っている状態。手術で話せないので、メールをくださいと一応言ってはいたがどうなることやら。どちらにしろ来週あたりまでには結果がわかるはず。手術でこれだけ苦しい思いをしたのだから新しいお仕事がもらえるといいな。もちろんお給料もその分上がればいいな。残念ながら今現在お仕事がもらえるかどうかはまだ解らないけれど、どちらにしても状況報告をするつもりなので、その時までお待ちくださいませ~。
2012年4月6日金曜日
手術をしたもうひとつの理由 (2)
前日は一日中会議で、お昼あたりからどうも調子が悪いなと思っていたら案の定、会議の終わった5時くらいにはもう友達から「どうしたの?大丈夫?」って聞かれるほど様態が変わっていた。がんばって家まで車を運転して帰っていったものの、ガレージに車を入れるのもあやふやな状態。同じころに帰ってきただんなさんにもただいまと言ったっきり子供達の様子もチェックせず寝室に速攻。そのままの状態でグタッとベッドに横たわっていると、10分位して(まるで一時間の様だった)だんなさんが様子を見に来た。「子供達のチェックはした?」なんてちょっとイライラ気味のだんなさんは、私がグタッとしてても最初は信じてない様子。日ごろから健康な体を持ってると、こういう時信じてもらえないから悔しい。「熱があるみたいなの、私。」と言う私を無視して子供達のチェックにさっそうと行ってしまった。気が利く私のだんなさん、私が起きて来ないので、早速夕食の支度に取り掛かったみたい。これってありがたいやら悲しいやらとても複雑な気分。そうやって一時間後また戻ってきて「おなかすいた?何か食べるの?」とちょっと遅めの質問をしてきた。しょうがないからむくっと起き上がって「ちょっと熱がありそうだから体温計持ってきてくれる?」 まだこの時点では信じてない彼、「チェッ、しょうがないなぁ。」なんて言いながら持ってきた。それを口にくわえて30秒後、私は華氏100.6度の熱があった。摂氏では38度1分。やっとの事で私の病状を把握した彼は、ちょっとやさしくなってくれました。え~ん!
問題なのは、手術と次の日に控えている第二次面接。手術を控えているので解熱剤は飲めない。お医者さんによればタイレノール(Tylenol)だったら良いと言う人もいるが、私のだんなさんはタイレノールが大嫌い。肝臓が悪くなるから特にお酒を飲む人はあのお薬は飲むべきじゃないと、日ごろから言っている。だから、今回もだめ。結局次の日まで待ってみることにした。次の日も会議が控えていたので、一応同僚にメールで休むかもしれないことを伝えて早めに寝ることにした。
当日も熱は下がらなかった。会議には行けなくても、面接だけは行かなくては。とがんばって、シャワーを浴びて、したくした。彼から電話がかかってきてどうするのと聞かれたときも、「がんばって面接に行って、普通の振りする。」と言ったけど、言ったとたん彼も私も無理だと思った。とにかくがんばるからって、電話を切った後、靴を履いたときにちょっとふらふらぎみ。そういえば前日のお昼病気になる前にお昼を取った後何も食べていなかったんだ。ちょっと何か食べなきゃと思いつつ自分の顔を鏡で見たとき、やっぱりだめだと思った。面接に行ってもこんな姿では面接に集中できない。パネルには大型さんが来るはずだから、ちょっとでもしくじったら今までの準備が水の泡になるかもしれない。それくらいだったらはじめから状況を説明してキャンセルしたほうが、いいかもしれない。もし、私が面接に病気でこれなくても私に興味があるならあちらからまた連絡があるはず。もし連絡が無くてこの仕事がおじゃんになっても、それは神様の計画通りのはず。と、望みを神に託してキャンセルする事にした。
結局面接一時間前に電話して、状況を説明した。熱が高くてどうしても運転できる状態ではないので、残念ながら面接に行くことができませんと言うと、案外あっちは解ってくれて「大丈夫よ、みんなのスケジュール見てまた新しい日にちを選びましょう。」とおっしゃってくれた。ほっ、でも、そんな簡単なもんじゃない。だって私には手術があるもの。その事をすっかり忘れていたのでどう言って良いか解らず、結局正直に「実は手術が明後日に控えており、その後は回復のためあと2週間ほど静養しなくてはいけないんです。」と、言ってしまった。今まで手術も面接も準備満タンでいぞんできたのに、最後になってどうしてこうならなきゃいけないわけ????
という訳でまた明日に続く、、、
2012年4月3日火曜日
こんなに痛いものだったのかっ!
この頃全然ブログに手をつけてないが、理由その一、手術をしたばっかり。みんなから、「本当にするの?」「大丈夫?」なんてやんわり「止めたほうがいいよ~」と言われていたにもかかわらず、結局手術をしてしまった。一週間前に予定されていたこの手術、実は手術予定日の二日前に突然来た発熱で、一週間延期された。いまだにあの熱は何だったのかわからないが、ある日突然気分が悪くなって熱が出て、手術前だから解熱剤も飲めず苦しんで、二日後に去っていったという、なんだかまるで手術を延期するためだけに発熱したような、なんとも変な出来事だった。ただ一つ、良い事はまた一週間を仕事の準備に費やすことが出来たということ。仕事もいろいろあるが、どうしても待てない事は同僚にお願いして取り扱ってもらっているので、あとは二週間くらい私がいなくても大丈夫ってくらいに準備オーケー。これって私にしては結構すごい出来事。
さて、当日の前夜は夜の12時以降絶食。水一滴もだめ。だからその日の夕食は食べた食べた。もう手術後の二週間はあまり食事が出来ないと解っていたのでチップス系のスナックやら、ステーキやら、私は昔から「やせ(昔は”やせ”だったが今は普通)の大食い」が定番だったので、知る人ぞ知るって感じかな、私を知っている人はきっと想像できるしょー。
当日は手術が8時なのにチェックインがなんと6時30分。何で準備に1時間半もかかるわけ?とぶつぶつ文句を言いながらチェックイン。だってコーヒーすら飲めないんだもんね。イライラしますよ。それにうちのだんなさんはわざと、「うん!このココアとっても美味しいよ。味見してみる?」なんて最初から私が味見できないのを解って冗談掛けてくる。いじわるぅ~
その後点滴をつけて、病院のブレスレットつけて、耳鼻科の先生と、麻酔の先生に会ってちょっとお話した後、歩いて手術室に向かった。へぇぇぇ~手術って言うとさぁ、寝たままベッドごとゴロゴロと手術室に連れて行かれるのかなと思ってたら、そうじゃなかった。そう言えば、よく考えてみると、娘の時もそうじゃなかったよね。やっぱり自分の事じゃないとあまり考えてなかった訳ね、私って。手術室ではすごく小さなベット(それも幅30センチくらい)に横たわるようにと支持されて横たわった。そのときガウンの後ろが開いてるの忘れてしまって、先生達に(どちらも男)思い切り赤のパンツ(それもT-バック)を見られた。恥ずかしい~(汗)
手術自体は1時間くらいだったみたいだ。だんなさんは、自分でベッドから起き上がって洋服着替えて車椅子に座ったじゃんなんて、言ってるけど、記憶なし。完全に麻酔聞いてました。
今は手術後5日目。のどすごく痛いです。何もしないといいんだけど、つい忘れてつばを飲み込んだりすると、すっごく痛い。声あまり出せないので、耐えてるけど、やっぱり痛い。今の所強い痛み止めを飲んでるのに痛いので、いったいいつ良くなるのかは、はっきり言って想像がつかない。どうでもいいけど早く良くなって欲しい。
おっ、そうそう、手術の日に日本人のお友達がおかゆを作って持ってきてくれた。おかゆの存在すら忘れていたのに、すごく大助かり。持つべきものは友よね~。涙出るほどうれしかったぁ。
2011年11月12日土曜日
病院通いが続くこの頃、、、
この頃異常に病院に行く機会が多い。最初は彼の父、その後は私のホストパパとママ、それから彼のおばさんと、いとこ、その後は私のホストおじと立続けだ。それもみんな心臓病や皮膚癌など大事ばかりだ。この二週間ほど私達はまるで病院のはしごをしているごとく車を走らせた。
親の入院となるとやっぱりお見舞いも仕事後毎日になるので、家の周りの事が疎かになる。夕食すら作る時間が無くついつい外食だ。外食はお金もかかるし健康にもよくないので、ちょっとストレス気味、、、仕事をお休みしようかとは思っても、つい最近娘ののどの手術で結構お休みをもらったし、今の所は我慢している状態。
今週末は軍人の日の祝日が入って3連休の週末。久しぶりに家の周りのことがちょっときるかも。のびのびにしていた書類の整理でもしてみようかな。
親の入院となるとやっぱりお見舞いも仕事後毎日になるので、家の周りの事が疎かになる。夕食すら作る時間が無くついつい外食だ。外食はお金もかかるし健康にもよくないので、ちょっとストレス気味、、、仕事をお休みしようかとは思っても、つい最近娘ののどの手術で結構お休みをもらったし、今の所は我慢している状態。
今週末は軍人の日の祝日が入って3連休の週末。久しぶりに家の周りのことがちょっときるかも。のびのびにしていた書類の整理でもしてみようかな。
2011年10月6日木曜日
口蓋扁桃摘出の手術
8月のブログに書いたように、今日娘はとうとう手術をして大きな口蓋扁桃に「さようなら」を言った。手術は朝の8時30分にスコッツデールにある病院で。チェックインは7時30分だったので、家を6時半に出た。まだ6時半だと言うのにフリーウェイはもうすでに通勤ラッシュが始まっていた。今日は娘を隣に乗せていたので行きは車に二人以上乗っていれば使うことのできる車道を使って一走り。一人で運転していれば1時間以上かかっただろうと思える距離を30分で運転した。
さて、今日行ったこの病院は普通の総合病院ではなく、入院を必要としない外来患者だけを扱う手術センター。とてもこじんまりとしているし、うるさくなく、娘が手術室にいる間落ち着いて待っていることができたので、普通の総合病院よりいいかも。
病院に着いてチェックインを済ませ5分もしないうちに看護師の方が迎えに来てくれた。娘はパジャマを着ていたので、すぐ病院のガウンに着替え、体重を計ったり、身長を計ったり、トイレに行ったりといろいろ検査をした後に手術準備室に行った。準備室では違う看護師の方が、ありとあらゆる(と感じた)書類を持ってきて、ここにサインが必要だとか、これを必ず読むようにとか説明された。先日この看護師の方とは電話でちょっと話した。その時にあらかじめ娘は針がすごく嫌いだと言うことを説明していた。だからかな?娘に向かって、「今日は針は使わないわよ。最初に眠ってもらうから、針を使うことがあっても感じないわよ。」と言ってくださった。前、歯を10本抜いた時に点滴用の針を刺されるという事を知った娘は、それだけが気にかかって、手術に挑む前にいつもよりちょっと沈んでいたので、すごく助かった。「じゃあもう心配ないね。」と娘に言うと、笑顔が戻ってきたので親としてはほっとした気持ちになった。こういうときに、ちょっとした気遣いのできる看護師とできない看護師の違いが見えてくると思う。今回は優しい人で感謝!その後、耳鼻咽喉科の先生と麻酔科の先生と面会して娘は手術室に向かった。
今日はやはり学校が秋休みに入る前ともあって子供の患者が多い。45分ほど経って先生が待合室に入って来た。手術が順調に行った事を伝えるためだ。手術後の娘は疲れ果てた感じでまだ眠気が抜けないようだった。念のためそこに一時間ほど留まって帰る事にした。
今では手術一日目にしては驚くほど元気。マッシュポテトや、アイスクリーム、オートミールやスープなど、あまり硬くないものをどっさりと用意していたが、本人はバターを塗ったパンが食べたいと言って、けろりと一枚食べてしまった。この前歯を10本抜いた時もそうだったが、手術をする度に、私は娘の回復の速さにびっくりさせられてしまうようだ。
2011年9月6日火曜日
また熱が出た
昨日月曜日はアメリカでは労働祭(Labor Day)で休日だった。それで週末三日続けてお休みだったんだけど、急遽今日もお休みしなくてはいけなくなった。と言うのも娘がまた熱出したから。昨日の夜から頭とのどが痛いと言って熱が出始めた。今日の朝一番に計ってみるとやっぱり38度。しょうがないので上司に欠勤のメール。
それにしても話し外れるが休日明けや月曜日に仕事休むのってすごく気が引ける。なんとなくもしかしたらお仕事サボってるんじゃないかなんて思われるかな、なんて考えてしまう。これってもしかして一種のPhobia (恐怖症)?(笑)
話を元に戻して、、、、他の子供たちを学校まで送っていった後、仕事のメールをチェックして、小児科医院が開き次第電話してアポを取った。娘はStrep Throat (溶血性連鎖球菌咽頭炎)になりやすい。だからちゃんとチェックしておかないと、家族みんなにも移るかもしれないし、またむやみに学校に行かせて他の子供達に移るようなことになっては大変だ。病院に連れて行くと、先生がいつものように娘ののどを綿棒で拭いてそれを二つのペトリ皿にとった。まずはひとつをその場で検査。これは5分くらいで反応が出るが、間違いがある場合がある。その検査では娘はストレップではないと診断が下ったが、念のためもうひとつのペトリ皿はラボに出して検査をするので結果は明日の朝にならないとわからない。のどを検査した後に先生もストレップの可能性が高いと診断したみたいでちゃんと処方箋も書いてもらった。
という事で、いったい娘はストレップなのか、そうじゃないのか、答えは明日。働くママにとってはつらいです。
2011年8月26日金曜日
リハビリ
つい最近かかりつけの先生からオッケーが出て松葉杖をつかなくてもよくなった。やったね!それで毎日1、2時間ずつブーツをはずして歩く練習をしている所。ブーツをはずして良いという事は車も運転できるという事で、車も少しずつ運転している。今まで二ヶ月ちょっと、まるっきり人に頼ってばかりの生活だったので精神的にもこの頃参っていたが、松葉杖をつかなくても良くなったと言うだけで気分がちょっとすっきりした。松葉杖をつかなくてはいけない時は仕事場でも書類のコピーを取りに行ったり、コーヒーのマグカップを洗ったりするのでさえ(特にまだコーヒーが入ってたりすると余計に、、、)すごく困難だったもの。周りの人は手伝ってくれるけど、些細なことは自分でしたいという気があるから精神的にも疲れてた。だから、今余計に松葉杖をつかなくて手が自由になったというだけで、また、車が運転できるというだけで、すごくありがたみを感じてる。
今日は午後からリハビリに行くことになっている。初めてなので、いったい何をするのかはぜんぜん検討もつかないが、これが回復に向けての一番早い道だそうなのでやってみることにした。もうこうなったら、早く直るためには何でもします、わ・た・く・し。
2011年8月5日金曜日
人一倍大きい扁桃腺
私の扁桃腺はすっごくデカイ。「大きい」なんてものじゃない、「デカイ」のだ。小さい頃から時たま「私の喉すごく大きいのよ。」という人に出会ってきたけれど、そういう人達にそれじゃあと私の喉を見せるたび、びっくりされてた。自慢じゃないが(自慢にもならない)、今まで私の喉より大きい喉を持っている人に会ったことが無い。
それがこの頃気づいたことがある。 それは私の娘の喉。
ああ、やっぱり似てしまったか、、、、彼女の扁桃腺も思いっきり大きい。それに会わせていびきがひどい。それも、いびきだけ聞いてれば、おじさんが寝てるかと思うくらい立派ないびきだ。学校でもよく先生に疲れてると言われていたのを思い出し、もしかしたらこれが原因かもしれないと思い耳鼻科に連れて行くことにした。この耳鼻科の先生は前、娘の耳に小さなビーズが入ってしまったときにお世話になった先生だ。あの時は、ビーズが鼓膜に引っ付いたようになっていたため、かかりつけの小児科の先生には取れず耳鼻科に直行した。そのビーズをこの先生は5秒くらいでいとも簡単に取ってくれてすごく感動した覚えがある。
今回は検診後やっぱり扁桃腺とアデノイドが異常に大きいのが原因だと言う診断をされた。この頃は扁桃腺を取り除く手術は極力避けられているみたいだけれど、自分の経験から言って大きい扁桃腺は結構日常の生活に影響が出てくるのを私は知っている。だから、先生が「手術」とおっしゃったとたん、「お願いします。」と即座に返事をした。
問題なのはタイミング。本当は、夏休みの初めに病院に連れて行くつもりだったのに、いろいろ事情があって今までのびのびにしてしまったために、もう夏休みは終わりに近づいている。手術をしたら最低一週間は学校をお休みしなくてはいけないこともあって、悩み物だ。ということで、手術は秋休みまで待つことにした。
10月につづく、、、
2011年8月2日火曜日
顔のシミ
この頃年を取って異状に気になっているのが顔のシミ。私は普段から日焼け止めなんか塗らない人だったので、この頃目だってシミが出てきた。最初は足や手にぽつぽつと出来ていたのがふと気づいたら顔にも出来てる! がぁぁぁぁん! もうこれは非常事態だと思っているときにテレビで見た宣伝がこのクリニーク・ダーマホワイト。(アメリカではEven Betterという名前) クリニークは普段使う化粧製品では無いけれど、調べてみたら以外に結構高く評価されているみたいなので買ってみることにした。
クリニークのお姉さんによると毎日2度朝と夜に使うと二ヶ月くらいして結果が見えてくるそうだ。ということは、9月の終わり辺りよね。がんばるぞ!
この頃年を取って異状に気になっているのが顔のシミ。私は普段から日焼け止めなんか塗らない人だったので、この頃目だってシミが出てきた。最初は足や手にぽつぽつと出来ていたのがふと気づいたら顔にも出来てる! がぁぁぁぁん! もうこれは非常事態だと思っているときにテレビで見た宣伝がこのクリニーク・ダーマホワイト。(アメリカではEven Betterという名前) クリニークは普段使う化粧製品では無いけれど、調べてみたら以外に結構高く評価されているみたいなので買ってみることにした。
クリニークのお姉さんによると毎日2度朝と夜に使うと二ヶ月くらいして結果が見えてくるそうだ。ということは、9月の終わり辺りよね。がんばるぞ!
2011年6月26日日曜日
身体障害者になっちゃった、、、
5月の初めに転んでからもう一ヶ月以上経ったというのに足の腫れがまだ治まらない。てっきり捻挫だと思い込んでいた私もこれはおかしいので専門家のお医者さんに行ったらなんと、足の骨が折れてました! ガーン! それも3箇所で、、、骨が折れているところをちょっと先生に押さえられて、「うーん、ちょっと痛いかな。」 またもう一所今度はグイっと押されて「あっ、それはちょっと痛いです。」って言ったら、笑われた。先生はあきれて「あなたは相当痛みに強い人ですねぇ。骨折れてますよ。」なんておっしゃっていた。でも痛くないんだもんね。「あのぉ、レントゲン見せてもらえますか?」なんて疑ってしまったくらい。でも見せてもらってはっきりと折れているのが分かった。それで禁止事項は以上:
1. 運動は禁止(あぁ、太るぞ、、、)
2. 歩く時は松葉杖を使うこと (腕の筋肉痛のほうがいたい、、、)
3. 車の運転は即禁止(右足なので、、、)
4. 常時足を固定しておくこと(ギプスはしなくて良かったがブーツを履いている)
それにしてもタイミングが悪すぎる! 母が日本から来る予定でいろいろと計画を立てていたにもかかわらず、私が車の運転を出来ないために、ほとんどがだめになってしまった。とても悲しいっす、、、 その代わり、夏の終わりに行く予定をしているナッツベリーファームではローラーコースターに乗ってもかまわないそうだから、、、一応ほっ。それも今では「障害者」になってしまったので列に並ばなくてもいいんだよと先生に変に励まされてしまった。
実際、身体障害者用のプラカードを取りにお役所に行ったら、いつもは長く待たされるのに、今回は列に並んでいる他の方々を尻目にあっという間に私の番が回ってきた。どこに行ってもみんなすごく親切にしてくれるし、すごくありがたい。しかし、2、3メートル歩くのに時間がかかるし手に物を手に持って歩けない(松葉杖を持っているから)し、いつもは簡単に出来た事がなかなか出来ないのがとても悔しい。
1. 運動は禁止(あぁ、太るぞ、、、)
2. 歩く時は松葉杖を使うこと (腕の筋肉痛のほうがいたい、、、)
3. 車の運転は即禁止(右足なので、、、)
4. 常時足を固定しておくこと(ギプスはしなくて良かったがブーツを履いている)
それにしてもタイミングが悪すぎる! 母が日本から来る予定でいろいろと計画を立てていたにもかかわらず、私が車の運転を出来ないために、ほとんどがだめになってしまった。とても悲しいっす、、、 その代わり、夏の終わりに行く予定をしているナッツベリーファームではローラーコースターに乗ってもかまわないそうだから、、、一応ほっ。それも今では「障害者」になってしまったので列に並ばなくてもいいんだよと先生に変に励まされてしまった。
実際、身体障害者用のプラカードを取りにお役所に行ったら、いつもは長く待たされるのに、今回は列に並んでいる他の方々を尻目にあっという間に私の番が回ってきた。どこに行ってもみんなすごく親切にしてくれるし、すごくありがたい。しかし、2、3メートル歩くのに時間がかかるし手に物を手に持って歩けない(松葉杖を持っているから)し、いつもは簡単に出来た事がなかなか出来ないのがとても悔しい。
2011年5月4日水曜日
肥満問題
先週、アイアム ムービング アイアム ラーニングと言う仕事関係のセミナーに行ってきた。
ここアメリカでは肥満がかなりの問題になって来ている。大人もだが、特に子ども達の肥満は見てて悲しくなってしまう。セミナーに行って初めて見せられたのが、アメリカの統計地図。地図は州ごとに肥満問題を抱えている人達の割合を過去20年に分けて表してある。その統計によると、私の住んでいるアリゾナは、20年前は肥満の人口は1割以下だったのが、2007年で3割近くとピークを迎え、2008年では2.5割だった。と言うことは、アリゾナでは4人中1人が太り気味という事だ。肥満問題は昔からあったが、肥満に苦しむ人達は今のように多くは無かった。ちょっと前は肥満は遺伝子で受け継げられると考えられていたが、今は遺伝子ではない、環境の問題だと言うことを重視している。アメリカ政府もこの問題を真剣に考え、オパマ政権では、大統領の奥様(ファーストレディー)に率先され子供の肥満問題に関して委員会が設けられた。
もちろんこれに伴って幼児教育方面にも影響がかかって来る訳で、このセミナーではどうやって栄養と運動のバランスが取れた健康な生活を教育内容に取り入れ今の子供達に教えていくかと言う事をメインにしたセミナーだった。メインは幼児教育で、セミナーを受けに来た大半の人達が幼稚園の先生だったので、かしこまった事も無く、みんなで子供のようにわいわい遊んでいたせいもあって、一週間があっという間にすぎた。栄養と運動は、大人になっても同じ事なので結構自分のためにもなったセミナーだった。
ところで余談だが、人は毎日少なくとも10,000歩は歩かないといけないそうでそのセミナーで歩数計をもらって来た。その歩数計によると私はジムに行っていない日は5000歩しか歩いていない事が解った。それでカロリーが消費されて無い訳よねなんて、一人で納得してたのだけど、それって私だけ?
登録:
投稿 (Atom)
.jpg)
.jpg)
.jpg)







