2011年11月22日火曜日

もうすぐ感謝祭

冷蔵庫で静かにブライニング中の七面鳥

明後日11月24日は感謝祭。アメリカにはじめて来て2、3年は感謝祭は家族で集まって七面鳥を食べる日とあまり深く考えていなかったが、本当は歴史があるんですよね。むかーしむかーし1600年代のアメリカ、イギリスから来た移住民とアメリカの地にすでに住んでいたインディアンが神の恵みの収穫を一緒に感謝しながら分け合った食事会が現在の感謝祭の由来。と、簡単に言ってしまいましたが、もちろん本当は移住民にとってもインディアンにとってももっと宗教じみた深い意味もあります。私は保育園の先生だったので、それなりに子供達に説明できるくらいのあまり難しくない理由しか知らない、、(笑)

毎年感謝祭は彼の家族で集まってお食事会になるので、家族みんなそれぞれいつも何かを持ち合うことになっている。家の定番は彼の作る七面鳥。今年も20ポンド(9キロ)以上の七面鳥を買ってきて、今は写真のとおりブライニングの最中。ブライニングというのは普通塩水にスパイスを入れたものにお肉を漬けておく、オーブンで焼く前の下ごしらえとでも言うのでしょうか。こうやって、24時間ほどあらかじめ漬けて置くと、焼きあがった七面鳥はすごく柔らかくてジューシー。フォークでお肉を切ると(ナイフなんていらない!)お汁がじゅわっと出てくる感じ。彼の七面鳥を食べた後はもうほかの七面鳥はパサパサ過ぎでだめ。彼のブライニングはお塩とスパイスのほかにもスープストックやハーブも入っている豪勢なもの。いつもはバケツを使うのだが今年はブライニングバッグなるものを発見。早速試してみることにしました。

私はパンプキンパイ係。アメリカのあのオレンジのパンプキンを使ってパイを作ります。お店でもいっぱい売ってあるけど、やっぱり買ってきたものは甘すぎる。でも、日本人並みの甘さにしたら家族から人気を請わないので結構甘いかも。

なんだかこうやって書いていると、感謝祭が待ちきれなくなってきた。これからホリデーシーズンに突入。食べすぎで太らないように用心もしないとね。

2011年11月16日水曜日

結果報告-クリニーク

かれこれ3ヶ月ほど前になると思うが、クリニークのダーマホワイトの美容液を使い始めた。と言うのも左目の横に大きなしみを見つけたからだ。今まであまり美顔に興味が無かったおかげで、40を越した今いきなり、しみに気になりだした。そこでテレビの宣伝に釣られてこの商品をトライして見る事にした。

結果はと言うとやっぱり効いてる! やったね!しみがシェードのチャートを使って三段階くらい薄くなってる! 実は自分の顔は毎日見ているので、なんとなく利いてないような気がしていたのだが、そんな感じがするんじゃないかと初めから、チャートに印をつけていたのに効果があった。右側の小さめのしみはあまり見えなくなっているので、絶対効果あり。

という訳で、先日2本目購入。このまま毎日つけたらいつかはお肌真っ白になるのかな?なんて、きっとそうなった頃にはまた、アリゾナの暑い夏が戻ってくるんだろうな。焼けて真っ黒になるのは気にならないけど、しみはもう嫌だ、、、

2011年11月14日月曜日

ガールスカウトの制服


私は料理や編み物は好きだけど、裁縫がすごく嫌い。布を使って作るものにあまり興味が無いし、アイロンがけだって嫌いだ。前にキルトを作る友達に進められて手取り足取り教えてもらいながら一緒に作った事があるが、作り上げてきれいにできても、どうしても好きになれなかった。小さいころも家庭科の時間でスカートを作った事があるが、先生に良くできましたといわれた記憶はあるのに、楽しかったと言う記憶は無い。それどころか、すごく苦だったような気がする。

今回その私がガールスカウトのパッチを制服につけなければならなかった。ガールスカウトに入るとパッチがいろいろあって、何かあるたんびにパッチをもらってくる。職場にいつもガールスカウトの質問でお世話になっている友達がいるので、お手伝いしてもらうことになっていたのだが。いつものごとく、のびのびにしていたために、結局一緒に会える時間がなくて、一人でしなくてはいけなくなった。

パッチはアイロンで付けられるようになっているもようなので(こういう基礎知識もあまり知らない)説明書を見ながら恐る恐る付けてみた。パッチはちゃんとつける場所が決まっているので間違えた所に付けたりするとアイロンの痕が残る。慎重にしてやっとできた。できた制服を娘に見せると、大喜びで「きれいにできたね。」と言ってくれたのですごく得意になった。まったくどっちが子供かわかりゃしないね。

ちなみにその制服を喜んで着て行った娘は、家に帰ってきてすぐ「ママ、なんだかパッチがはがれそうなんだけど。」と言ってきた。後で友達に聞いてみたら、パッチははがれる場合があるので、アイロンで付けた後、縫いつけたほうが良いそうだ。な、なんてこったい。こうやって私の制服との奮闘は続くのであった。

2011年11月12日土曜日

病院通いが続くこの頃、、、

この頃異常に病院に行く機会が多い。最初は彼の父、その後は私のホストパパとママ、それから彼のおばさんと、いとこ、その後は私のホストおじと立続けだ。それもみんな心臓病や皮膚癌など大事ばかりだ。この二週間ほど私達はまるで病院のはしごをしているごとく車を走らせた。

親の入院となるとやっぱりお見舞いも仕事後毎日になるので、家の周りの事が疎かになる。夕食すら作る時間が無くついつい外食だ。外食はお金もかかるし健康にもよくないので、ちょっとストレス気味、、、仕事をお休みしようかとは思っても、つい最近娘ののどの手術で結構お休みをもらったし、今の所は我慢している状態。

今週末は軍人の日の祝日が入って3連休の週末。久しぶりに家の周りのことがちょっときるかも。のびのびにしていた書類の整理でもしてみようかな。

2011年11月11日金曜日

息子の初眼鏡


10月の下旬に学校で行われた親子面談で息子を目の検査に連れて行くようにと担任の先生に進められた。なんでも近頃目を細くしながらクラスの後ろの席からホワイトボードを見ていると言う話だった。私はチョー近視。おまけに乱視まで入っているのでたまらない。私はメガネは中学生になるまではかけていなかったので、5年生の息子にはちょっと早めかなとは思ったが、何しろ家の親戚みんな近視が多い。今回は先生の言う事をまじめに聞いて眼科に連れて行った。

結果はやっぱり近視。本人は、自分の目は悪くないと思い込んでいたようで、先生から調節してもらったレンズの奥にハッキリと見える文字を見て驚いていた。初めて行った眼科の先生は視力測定の他にも色盲検査や視野検査などいろいろ検査をしてくだり、とても優しい方だったので、これからも安心してお世話に慣れそう。

今日は早速新しくできたメガネを取りに行ってルンルン(?)の息子。メガネをかけるのは嫌じゃないかなと思う親の心配も裏腹、本人は結構気に入っている様子。ほっ。

2011年10月16日日曜日

彼の出張

今日は出張に行く彼をお見送りに朝っぱらからフェニックス空港へ行って来た。私の出張はもっぱらアリゾナ州内に限っているのに比べて、彼は連邦政府に関わる仕事をしているので出張はアリゾナ州外あり。この頃空港の警備が厳しくなってゲートまでついて行く事もできないし、空港に着いたら彼を降ろしてさっさと帰るつもりだったけど、やっぱり空港に着いたらちょっと時間があったので、一緒に待つことにした。

空港のターミナルを二人で歩きながらふと思い出したのが、私の好きな映画のひとつ「恋人たちの予感」の一齣。ハリーがサリーに「ジョーとは付き合ってなに?三週間くらい?」と聞く場面だ。ハリーによると、恋人が空港まで送りに行くのは付き合い始めてすぐと言う証拠なんだそうだ。何でそんなことを思い出したのかは自分でも解らないけど、久しぶりに思い出した映画、子供達がそれぞれ部屋に行った後、今夜ひさしぶりに一人っきりで見てみようかな。

空港では軽い朝食をちょっと取っただけで待つ時間はあっという間に過ぎ、お別れの時間になった。涙涙の別れではなかったけれど、ハグとキスをしてバイバイをしてもすぐには帰らず、結局私は同じ所にボーっと立って、列に並んだ彼を見えなくなるまで見送った。最後に投げキッスを二つして、帰ろうと振り返ったら、何だかさみしー感じが込み上げてきた。へぇ、私にもこんな可愛げのある面があるのかぁ、なんてもしかしたら自分自身の気持ちを誤解しながら帰途に着いた。(笑)

2011年10月11日火曜日

やったね!ジム復帰!


待ちに待った日が来た!あの朝クラスで転んで足の骨を折って以来一度も足を踏み入れていないジムにとうとう行ってきた。一ヶ月ちょっと前リハビリを始める前は、ジムに行くのが目標だったので一応ゴール達成。一週間に二回のリハビリも、今は一週間に一度にして少しずつ普通の生活に戻していくことにする。

クラスに行くと、やっぱり顔見知りのクラスメートが「どうしたの?長い事来ていなかったみたいだけど?」とやってきた。そういえば転んだクラスは朝5時15分のクラスであまり人がいなかったなと思い出し、「それがね、、、」なんて話をしながらクラスが始まった。初日はやっぱり怖いので、いつもはステップの台の下にブロックを重ねてちょっと高めにして使うステップも、今回はブロックなしで低め。初日でまた転んだりしたら話にもならないし、、、

クラスに行く前から、もし無理だと感じたら、スパッと辞めようと思っていたけれど、結構一時間のクラス、問題無しに終えることができた。次の日も、きっと筋肉痛が来るだろうと思っていたのに、リハビリのおかげで痛みもあまり無かったので、ほっ。

この四ヶ月くらい全然運動していないので、ちょっと太るかなと思っていたが、結局体重自体は2、3キロ増えたぐらい。やっぱり、松葉杖の運動が効いたか???でも筋肉を使っていないので体全体が引き締まってない、、、これからもがんばるぞ!

2011年10月7日金曜日

娘のニュールック



先週は学校でピクチャーデー(写真の日)だったので娘はお姉ちゃんに髪の毛をきれいにカールしてもらった。お姉ちゃんがが使ったヘアアイロンは、この頃人気の出ている挟み式のではなくてちょっと見たら、ただの棒のような新しいスタイルのヘアアイロン。普通のはさみ式に比べて結構柔らかいカールがちゃんとできるし、なんと、長持ち。娘はカールが気に入って、髪の毛を三日ぐらいは洗わなかったんだけど、朝ちゃんと普通のブラシで髪をとかしても、その後すぐちゃんとカールがクルクルンと戻ってきて、まるでその日にカールしたみたいでした。今度私も使ってみようっと!

ところで今日は亡くなった父のお誕生日、お父さん天国でお誕生日ケーキでも食べてるかな?お誕生日おめでとう!

2011年10月6日木曜日

口蓋扁桃摘出の手術


8月のブログに書いたように、今日娘はとうとう手術をして大きな口蓋扁桃に「さようなら」を言った。手術は朝の8時30分にスコッツデールにある病院で。チェックインは7時30分だったので、家を6時半に出た。まだ6時半だと言うのにフリーウェイはもうすでに通勤ラッシュが始まっていた。今日は娘を隣に乗せていたので行きは車に二人以上乗っていれば使うことのできる車道を使って一走り。一人で運転していれば1時間以上かかっただろうと思える距離を30分で運転した。

さて、今日行ったこの病院は普通の総合病院ではなく、入院を必要としない外来患者だけを扱う手術センター。とてもこじんまりとしているし、うるさくなく、娘が手術室にいる間落ち着いて待っていることができたので、普通の総合病院よりいいかも。

病院に着いてチェックインを済ませ5分もしないうちに看護師の方が迎えに来てくれた。娘はパジャマを着ていたので、すぐ病院のガウンに着替え、体重を計ったり、身長を計ったり、トイレに行ったりといろいろ検査をした後に手術準備室に行った。準備室では違う看護師の方が、ありとあらゆる(と感じた)書類を持ってきて、ここにサインが必要だとか、これを必ず読むようにとか説明された。先日この看護師の方とは電話でちょっと話した。その時にあらかじめ娘は針がすごく嫌いだと言うことを説明していた。だからかな?娘に向かって、「今日は針は使わないわよ。最初に眠ってもらうから、針を使うことがあっても感じないわよ。」と言ってくださった。前、歯を10本抜いた時に点滴用の針を刺されるという事を知った娘は、それだけが気にかかって、手術に挑む前にいつもよりちょっと沈んでいたので、すごく助かった。「じゃあもう心配ないね。」と娘に言うと、笑顔が戻ってきたので親としてはほっとした気持ちになった。こういうときに、ちょっとした気遣いのできる看護師とできない看護師の違いが見えてくると思う。今回は優しい人で感謝!その後、耳鼻咽喉科の先生と麻酔科の先生と面会して娘は手術室に向かった。

今日はやはり学校が秋休みに入る前ともあって子供の患者が多い。45分ほど経って先生が待合室に入って来た。手術が順調に行った事を伝えるためだ。手術後の娘は疲れ果てた感じでまだ眠気が抜けないようだった。念のためそこに一時間ほど留まって帰る事にした。

今では手術一日目にしては驚くほど元気。マッシュポテトや、アイスクリーム、オートミールやスープなど、あまり硬くないものをどっさりと用意していたが、本人はバターを塗ったパンが食べたいと言って、けろりと一枚食べてしまった。この前歯を10本抜いた時もそうだったが、手術をする度に、私は娘の回復の速さにびっくりさせられてしまうようだ。

2011年10月2日日曜日

ガールスカウト

ガールスカウトの集会で
前々から、下の娘にガールスカウトに入りたいと言われていたにもかかわらず、今日になってしまったのはやっぱり良いグループが見つからなかったから、、、ところが、つい最近、近頃良く行く教会に行ったら、そこにガールスカウトがあるのを発見。娘と話し合って、二人でオリエンテーションに行ってきた。娘にとっても私にとっても、ガールスカウトと言うものはまるっきり初めての経験なので、ちょっと心配だったけれどオリエンテーションに行ってすぐ好きになった。



ガールスカウトの集会はいつも同じ儀式で始まる。まずはじめにアメリカの国旗の前で忠誠の誓い、それから神様へのお祈り、ガールスカウトの約束と続く。ガールスカウトにもいろいろとおきてがあって、それをちゃんと守るのは一人ひとりの責任だ。自己主張や、個性が重視されているアメリカでは、その反面、団体行動や、チームワークなどの面で日本に比べて劣っている所が多いと日頃から感じているのだが、ガールスカウトではリーダーと共にたくさんの活動を通して他の女の子と協力しながらいろいろなことを学ばなくてはいけない。そこの所がとても新鮮に感じた。

キャンプから帰ってきた所
入団して早くも今週末、早速娘は同じ団のみんなと一泊でキャンプに行ってきた。バンガローに泊まってキャンプをしたことはあるものの、実際にテントを立てて、自分で火をたいて、料理を作ってと本物のキャンプをしたことが無い娘は大喜びで行って来た。もともと自然やアウトドアが大好きな娘なので、親としてもあまり心配はしなかったが、それでもポケットナイフを持たせるのにはちょっと躊躇してしまった。キャンプに向かう一日前も、リュックサックのチェックは本人のみ。親がチェックすることも手伝うことも固く禁止されている。忘れ物をしても、それは本人の責任で、親の責任ではないという事。

次のイベントは、ベビーシッター認定のワークショップ。親としては「えっ、11歳でもう他の子供の面倒を見る勉強するの?」って感じだが、本人はすごく喜んでいる。そんな娘を見ているだけで、ちょっと今日は幸せな気分になった。

2011年9月21日水曜日

父の面影


父を思い出す後姿
 もうすぐ学校のピクチャーデーなので、息子を散髪に連れて行った。本当はネットで見つけた横の写真のように切ってもらいたかったのだが、美容院に着いたあたりから息子がいやだと言い出したので、美容師さんと息子二人でカタログを見て新しいヘアカットを見つけた。ところが30分後に息子を見て思わずふきだしそうになった。息子のヘアカットって亡くなった父がよくしていたヘアカットと丸っきり同じじゃぁん!

後ろから見ると、頭の形から父とそっくり!髪の質が同じなんだろうと思う。頭の上は3㎝ほどあるのにそれでもジェルなしで立ち放題。まるっきり小さいおじさんじゃん。(笑) 思わぬところで父のDNAに出くわした感じ。そういえば、昔同じ髪型の息子の写真を日本に送った時(まだ息子が2歳くらいの時)お父さんが電話で「俺の髪型と一緒じゃんかぁ。」と言っていたのを思い出した。「その髪型おじいちゃんみたいだよ。好き?」って聞いてみたら、「うん、ちょっと短いけど後ろの所がふわふわしていい。」と本人はお気に入りの様子。結構短いので、この分だとまた一ヵ月後に散髪行きになりそう。それにしても、思わぬ所で父を思い出した一瞬だった。

2011年9月18日日曜日

仕事復帰


足がだんだん良くなって来て運転も一人で出来るようになったので、この頃たまった仕事がすごく忙しい。

民間で働いていた時はどんなに少なくても必ず一年に一回はお給料が上がった。けれど、アリゾナ州公務員はもうこの所5年くらいはお給料が上がっていない。そのせいで公務員の間で唯一お給料を上げる手段は今の仕事を止めて新しい仕事に就くことだ。そのせいで、同僚が次々と仕事を辞めたり隠居したりする中、その人達の仕事内容がじゃんじゃん私に回って来るので余計忙しい。それも残業はまるっきり禁止なので、時たまそれ無視して仕事をしたりするんだが、上司との間では黙認となっている。

これは余談だが、私が思うにそんな事していたら有力な人達を無くすだけではなく、新しい人材教育にお金がかかるので長く見てみればもっと金がかかるような気がするが(CPSのケースだってあることだし、、、)私の大ボスは一応州知事のジャン・ブルーワーなので、あまり政府の悪い事は言えない。

という訳で私の仕事の内容はいろいろある。その中のひとつは州と契約をとっている会社が契約書に基づいてちゃんとコンプライアンスしているかをモニタ―(監査)する仕事。この仕事は毎月送られて来るレポートに目を通して出来るものもあるが、少なくとも一年に一回は会社のほうに出向かねばならない。ところが私が運転できなかったせいで、その仕事が山のように積もっている。これが一番忙しい理由。

明日は月曜日。またお仕事がんばるぞ!

2011年9月8日木曜日

ネットフリックス

うちの娘今日三日目でまだ熱がある。結局ストレップでは無かったものの、先生からのお勧めでいまだに抗生物質飲ませてるけれど、これってウィルスじゃないの?ぜんぜん効いてないよ。

という訳で、仕事をお休みした昨日は家でも仕事をする気にならなかったので、結局お仕事本当にサボって映画を見ていた。彼が先週末ネットフリックスというオンラインのDVDレンタルをテレビに付けてくれたので早速試しにいろいろ見てみた。最初はアメリカの映画だけだろうと思っていたのに、実際見てみると世界中の映画があるある。それで日本の映画を探してみて見つけたのがこの二つ。


最初の映画はピクチャー・ブライドと言って日本語に訳すと「写真婚」。私はアメリカに来るまで知らなかったが、昔、日本からもたくさんの男性が一攫千金を求めて太平洋を渡ってアメリカに来たそうだ。「写真婚」というのは一種のお見合いで、アメリカに渡って来た日本人の男性と日本にいる女性が写真だけでお見合いをして結婚する所からそう言われている。私は写真だけで知らない人と知らない土地で結婚するなんて想像できなが、結構たくさんの女性がそうやってアメリカに来たそうだ。中にはこの映画のように、年を偽ってアメリカに着いたら結婚する相手はなんと20歳も年上だったとか、暴力を振るわれても逃げるところがないとか、すごくかわいそうな場合もあったみたい。

次の映画は「Shall we ダンス?」この映画はアメリカ版なら見た事があるが、日本版は初めて。日本版の方が先に出来たのにね。さて、映画自体はアメリカ版とまったく同じだし、出ている俳優の人達がこれほどアメリカ版に出ている俳優の人達と似てるってのも驚き。だけどやっぱりなんとなく日本版の方がおくがあるように感じたのは私だけかな?この映画見た後は私も社交ダンスならいたくなっちゃった。単純です私。

とにかくこのネットフリックス、月々10ドル以下で映画見放題。わざわざレンタルのお店に足を運ばなくても良いしすごく便利。こうなったらこれからたくさん映画を見ることになりそう!

2011年9月6日火曜日

また熱が出た


昨日月曜日はアメリカでは労働祭(Labor Day)で休日だった。それで週末三日続けてお休みだったんだけど、急遽今日もお休みしなくてはいけなくなった。と言うのも娘がまた熱出したから。昨日の夜から頭とのどが痛いと言って熱が出始めた。今日の朝一番に計ってみるとやっぱり38度。しょうがないので上司に欠勤のメール。

それにしても話し外れるが休日明けや月曜日に仕事休むのってすごく気が引ける。なんとなくもしかしたらお仕事サボってるんじゃないかなんて思われるかな、なんて考えてしまう。これってもしかして一種のPhobia (恐怖症)?(笑)

話を元に戻して、、、、他の子供たちを学校まで送っていった後、仕事のメールをチェックして、小児科医院が開き次第電話してアポを取った。娘はStrep Throat (溶血性連鎖球菌咽頭炎)になりやすい。だからちゃんとチェックしておかないと、家族みんなにも移るかもしれないし、またむやみに学校に行かせて他の子供達に移るようなことになっては大変だ。病院に連れて行くと、先生がいつものように娘ののどを綿棒で拭いてそれを二つのペトリ皿にとった。まずはひとつをその場で検査。これは5分くらいで反応が出るが、間違いがある場合がある。その検査では娘はストレップではないと診断が下ったが、念のためもうひとつのペトリ皿はラボに出して検査をするので結果は明日の朝にならないとわからない。のどを検査した後に先生もストレップの可能性が高いと診断したみたいでちゃんと処方箋も書いてもらった。

という事で、いったい娘はストレップなのか、そうじゃないのか、答えは明日。働くママにとってはつらいです。

2011年9月5日月曜日

フェニックス・マーキュリー

試合後に
土曜日の夜は家族みんなでフェニックス・マーキュリー(Phoenix Mercury)の試合を見に行った。フェニックス・マーキュリーは女子プロバスケットボールのアリゾナのチームだ。私は男子バスケットボールなら見に行った事があるが、女子は始めて、、いつもスポーツ大好きの息子は「えーっ女子ぃ?」なんて言っていたけれど、結構はまっていたみたい。スポーツ観戦はスポーツそのものに興味がなくても、音楽とか、ダンスとか、ゲームとか、食べ物とかで結構楽しめる所があるのでいい。試合の途中に何度かアナウンサーが「Make Noise!」と言って観客みんなに大声を出させたり騒がしく音を立たせたりする事があるのだけれど、その時もみんなで大声出したり拍手したりして、結構のってしまった。(笑)それにしても子供達にちょっとしたスナックと飲み物を買っただけで30ドルも使ったよ。たかい~っ!結局試合はフェニックス・マーキュリーの勝ち!やったね。

コンパスルームから夜景を見ている息子
試合は夜9時過ぎに終わったけれど、せっかく久しぶりにみんなでフェニックスのダウンタウンに夜に来たので家に帰る前に近くのハイアットリージェンシーのラウンジに寄って行く事にした。ダウンタウンハイアットの最上階にはコンパスルームというレストランとラウンジがある。このレストランは一時間でレストラン自体が360回転する様になっているので座って食事をしながらフェニックス中の夜景が見れる。ラウンジでは夜遅く行くとリバースハッピーアワーと言って飲み物やデザートが安くなる。子供達はストロベリーショートケーキと紅茶かココア、彼(運転手)はコーヒー、私はカクテルで一時間夜景を見てリラックスした。ここはホテルのラウンジなので、変に酔っ払って大声を出す大人もいないし、子供連れでも大丈夫。反対に静かなので小さい子供だと子供が大声出さないように気を配るほうが大変かも。子供たちは床がぐるぐる動いているのにびっくりして、まるで乗り物にでも乗っているように喜んでいた。

2011年9月2日金曜日

小鳥


2、3日前娘が走って私の部屋に来た。「非常事態」が起こったと言うのだ。何事だと思いながら外に出ると、この小鳥。ドアを開けたとたん驚いて前の庭中を駆け回っていた。まだすごく小さい小鳥なので羽も十分に生えていないみたいだし絶対自分で飛べそうに無い。娘によると親鳥が先ほどまで屋根にとまって心配そうに見てたみたいだけれど、もう私が外に出た頃にはいなくなっていた。

ここでさてどうしようと思った。親鳥が近くにいるので、むやみに触れない。一度触ってしまうと人間の匂いがついてしまって、反対に親鳥に捨てられる羽目になるかもしれない。今のところ怪我も何もしていないみたいだし、もしかしたらそのままほっといても大丈夫かもしれない。けれど、娘はもう小鳥さんの面倒を見たくてたまらない。かごを買ってお家を作ってあげようとか、自分たちで立派に育てて行こうとか、いろいろ計画を立てているようだ。

実を言うと、同じような事態に遭遇したことが何年か前にある。その時は娘のパパ側のお姉ちゃんが、むすめと同じくらいの年のときだった。かわいらしい小鳥がかわいそうで、その時は何も考えずに箱に巣を作ってそこの中に小鳥を入れた。ところが、私たちがあげようとする水も、えさも絶対食べようとせず、その鳥は結局死んでしまったのだ。今まで野生で育ち、親鳥からご飯をもらっていたのだから、いきなり人間が食べさせようとしても無理に決まっている事を私は考えてなかった。結局大泣きする義娘と一緒にお墓を作ってあげた覚えがある。

また同じ過ちをしたくないので、娘に説明して今回はそのままにすることにした。娘はすごーくがっかりして、私の心も痛むけど、しょうがない。その後、2時間ほどして外に行くと、小鳥はいなくなっていた。いったいどこに行ったのか、、、親鳥と一緒に飛び立って行ったのかな。そうあってほしいなと思いながら、小鳥のいなくなった庭を見た。

2011年8月31日水曜日

Sakanaでランチ



今日は久しぶりに日本人のお友達とランチに行ってきた。この頃ちょっと気分が優れないので、久しぶりの一人お出かけは気分転換にすごく良かった。さてさて行ったレストランは前々から気になっていた「Sakana Sushi レストラン」と言う家の近くにある日本食の料理店。初めて行くレストランは外から見るとかなり大きく見えて「もしかして鉄板焼きみたいなのがあるのかな」と思っていたけれど、一歩中に入るとお寿司のカウンターだけで結構こじんまりしていた。私が注文したのはカラマリ(イカ揚げ)サラダとハマチのお寿司で、お友達はお刺身のセット。ランチメニューも7ドルから12ドルくらいで、結構日本食レストランにしては安い方だと思う。結局チップも含めて合計で30ドルだった。お味の方は思っていたより結構おいしかったので、今度は家族を連れて行ってみようと思う。

2011年8月28日日曜日

久しぶりの親子三人


金曜日は上の娘がクーリッジ高校でのフットボールの試合を見に行きたいと言ったので、彼は娘を連れてで実家に遊びに行った。本当なら今週は子供たちのパパの週で、パパが子供たちを金曜日に迎えに来るはずなんだけれど、この頃スケジュールがなかなか会わなくてパパは土曜日に迎えに来る事になっていた。だから私たち3人は家でお留守番。彼と一緒に住むようになる前までは、子供たちと3人だけで好き勝手なことをすることができたがこの頃は3人だけになる機会があまり無い。だからと言っては何だがそのの夜は何か特別なことができないか考えた。

私たち三人はとにかく本屋さんが大好き。前はよくBarnes and Noble と言う本屋さんに行って2時間くらい軽く過ごしたものだ。本屋さんには立ち読み(座り読み)ができるように、椅子があちこちにおいてあるし何か飲みたかったらスタバもある。子供たちは子供用の本を、私は大人用の本や雑誌を見てくつろぐというのが、私たちのパターンだ。だから今回は久しぶりに本屋さんに行くことにした。

金曜日は私はリハビリがあったので、家に帰ったのは6時を過ぎたくらい。彼と上の娘はもうすでに家を出ていたので、3人でとんこつラーメンとおにぎりの簡単な夕食を済ませ、即本屋さんに直行。車が運転できるって本当に幸せ!

さて実際本屋さんについた後は、私としては本屋さんでスタバのコーヒーでも飲みながらゆっくりしよう意気込んでいたのに、結局のところ2時間ほど大きな本屋さんを痛い足を引きずりながらうろうろしただけで終わった。だって、土曜日に娘がお友達のところに行くことになっているのだけれど、本屋さんでお友達の父親と電話で話している際に、実はお友達のお誕生日が日曜日だということが判明。しょうがないので本屋さんで娘と何か無いかと探し回っているうちに9時過ぎになってしまった。結局何も見つからず、帰りにお店でジャスティス(Justice)という女の子用のお洋服店の金券を買うことになった。あまりプレゼントに金券をあげるのは好きではないのだが、今回は時間が無いからしょうがない。

と、結局うちに着いたのは10時近く。リラックスなんてぜんぜんしなかったし、足が痛いよう!唯一リラックスして本を2時間近く読んでいたのは息子一人だった。

2011年8月26日金曜日

リハビリ



つい最近かかりつけの先生からオッケーが出て松葉杖をつかなくてもよくなった。やったね!それで毎日1、2時間ずつブーツをはずして歩く練習をしている所。ブーツをはずして良いという事は車も運転できるという事で、車も少しずつ運転している。今まで二ヶ月ちょっと、まるっきり人に頼ってばかりの生活だったので精神的にもこの頃参っていたが、松葉杖をつかなくても良くなったと言うだけで気分がちょっとすっきりした。松葉杖をつかなくてはいけない時は仕事場でも書類のコピーを取りに行ったり、コーヒーのマグカップを洗ったりするのでさえ(特にまだコーヒーが入ってたりすると余計に、、、)すごく困難だったもの。周りの人は手伝ってくれるけど、些細なことは自分でしたいという気があるから精神的にも疲れてた。だから、今余計に松葉杖をつかなくて手が自由になったというだけで、また、車が運転できるというだけで、すごくありがたみを感じてる。

今日は午後からリハビリに行くことになっている。初めてなので、いったい何をするのかはぜんぜん検討もつかないが、これが回復に向けての一番早い道だそうなのでやってみることにした。もうこうなったら、早く直るためには何でもします、わ・た・く・し。

2011年8月8日月曜日

天国って本当にあるんだよ


前々から気になっていた本をつい最近になって読んだ。「天国って本当にあるんだよ」(Heaven is for Real)と4歳児によってつけられた題名のこの本は悪性の虫垂炎になった4歳の男の子が手術中に経験した不思議な体験をまとめた話だ。昔から天国を見たとか、地獄を見たとか言う「体験談」なるものはたくさんあるけれど、4歳の子供によって鮮明に語られた体験談となると珍しいので、絶対読んでみたいと思っていたのだ。

本自体はたぶん小学校5年生くらいのレベルで、普段本を読まない人にとってもかなり読みやすい方だと思う。物語は本の表紙に出ている4歳の男の子、コルトンが家族旅行に行く所から始まる。その家族旅行中にコルトンが病気になるのだ。旅先の病院で両親に虫垂炎かもしれないと言われたにもかかわらず、お医者さんは食中毒と診断を下す。ところがやはりその後も症状は悪化するばかり。結局虫垂炎が悪化してコルトンは生死をさまよい、その手術中に天国に行く事になる。そこで神様や、キリスト様、まだ存在すら知らなかった曾祖父や姉に会ったり、手術中にお祈りをしている自分の父や、電話をしている母を見た事などがたくさん語ってある。普通の体験談と違うのは、コルトンがまだ幼い子供なので、天国の話を一度にするわけでもなく、父親や母親と日常の話をしている時に偶然ぽろりを話が出てくる所だ。そういう時コルトンがいかにも正直に話をしているという感じが伝わってくる。

この本を読んでいて一番考えさせられたのが、水子の話だった。コルトンのお母さんはコルトンを生む前に流産を一回している。まだ妊娠初期で、赤ちゃんの性すら判らなかったのだが、この子にコルトンは天国で会っている。もちろんコルトンは自分の母の流産の事なんて知るはずも無かった。それなのにその子に会ったと言うのだ、それもおねえちゃん(女の子)だ。その話を聞いて母は、その子の名前は何だったのと聞くのだが、「その子には名前が無かったんだよ。だってパパもママもその子に名前付けなかったでしょう?」という返事が返ってくる。実は私も流産を2度経験したことがある。まだ妊娠初期だったのでその子達が女の子かも、男の子かもわからない。でも、きっと二人とも天国にいるんだろうなぁと思ったら、なんだかほっとした。不思議だけど、やっぱり気にかかっていたことだからかな?

図書館で借りてきたこの本を読んだ後、この本は絶対買おうと思った。早く日本語に訳されると良いな。そうなったら、絶対お勧めのひとつ。

2011年8月5日金曜日

人一倍大きい扁桃腺


私の扁桃腺はすっごくデカイ。「大きい」なんてものじゃない、「デカイ」のだ。小さい頃から時たま「私の喉すごく大きいのよ。」という人に出会ってきたけれど、そういう人達にそれじゃあと私の喉を見せるたび、びっくりされてた。自慢じゃないが(自慢にもならない)、今まで私の喉より大きい喉を持っている人に会ったことが無い。

それがこの頃気づいたことがある。 それは私の娘の喉。

ああ、やっぱり似てしまったか、、、、彼女の扁桃腺も思いっきり大きい。それに会わせていびきがひどい。それも、いびきだけ聞いてれば、おじさんが寝てるかと思うくらい立派ないびきだ。学校でもよく先生に疲れてると言われていたのを思い出し、もしかしたらこれが原因かもしれないと思い耳鼻科に連れて行くことにした。この耳鼻科の先生は前、娘の耳に小さなビーズが入ってしまったときにお世話になった先生だ。あの時は、ビーズが鼓膜に引っ付いたようになっていたため、かかりつけの小児科の先生には取れず耳鼻科に直行した。そのビーズをこの先生は5秒くらいでいとも簡単に取ってくれてすごく感動した覚えがある。

今回は検診後やっぱり扁桃腺とアデノイドが異常に大きいのが原因だと言う診断をされた。この頃は扁桃腺を取り除く手術は極力避けられているみたいだけれど、自分の経験から言って大きい扁桃腺は結構日常の生活に影響が出てくるのを私は知っている。だから、先生が「手術」とおっしゃったとたん、「お願いします。」と即座に返事をした。

問題なのはタイミング。本当は、夏休みの初めに病院に連れて行くつもりだったのに、いろいろ事情があって今までのびのびにしてしまったために、もう夏休みは終わりに近づいている。手術をしたら最低一週間は学校をお休みしなくてはいけないこともあって、悩み物だ。ということで、手術は秋休みまで待つことにした。

10月につづく、、、

2011年8月2日火曜日

顔のシミ



この頃年を取って異状に気になっているのが顔のシミ。私は普段から日焼け止めなんか塗らない人だったので、この頃目だってシミが出てきた。最初は足や手にぽつぽつと出来ていたのがふと気づいたら顔にも出来てる! がぁぁぁぁん! もうこれは非常事態だと思っているときにテレビで見た宣伝がこのクリニーク・ダーマホワイト。(アメリカではEven Betterという名前) クリニークは普段使う化粧製品では無いけれど、調べてみたら以外に結構高く評価されているみたいなので買ってみることにした。

クリニークのお姉さんによると毎日2度朝と夜に使うと二ヶ月くらいして結果が見えてくるそうだ。ということは、9月の終わり辺りよね。がんばるぞ!

2011年8月1日月曜日

障害者とナッツベリーファーム

急流すべりに乗っている私と子供達
ナッツベリーファームは一昔に比べて乗り物がすごく増えた。私が始めてナッツベリーファームに行ったのは25年くらい前。その時に比べると、今ではかなりの量のジェットコースターがある。実は私の彼は大の乗り物嫌いの高所恐怖症。今回唯一乗ったものと言えばティーカップ。けっこうかわいいでしょ。子供達もまだ小さくて、今年やっとジェットコースターに乗り始めたくらいだからもちろん一回転するような乗り物はだめ。それで、いつもどうり私が15歳の娘と一緒に乗る羽目に、、、といっても本人は喜んで乗るんだけどね。(笑)

しかしながら今回は車椅子の事もあって、ちょっと乗り物に乗るのが困難な面もあった。お医者さんからは列に並ばなくていいよと言われすごく喜んでいたけれど、実際はそこまで楽な事でもなかった。その理由は以上。①車椅子のアクセスは出口からのみ。それもすごく長い坂道を一生懸命誰かに押してもらって登らなければいけない。通路は狭い上に、2分ごとに乗り物から降りた人たちがまるで蜂のようにドドドォーとなだれてくる。それでもがんばって上に行ったらそこで従業員の人から②障害者が乗り物に乗る場合は障害者用のパスを入場口で受け取らなくてはいけないと言われた。それは無いでしょうと思いながらもまた入場口まで戻っていった。いったんパスを受け取り、また同じ所に行って①を繰り返す。そうやってまた上までがんばって登って行くと、③予約時間を告げられた。「それじゃあ後30分後に来てください。」だって。他の人達は長い時間並んでいるのだから、障害者だからと言ってすぐ乗らす分けにはいけない、という訳だそうだ。それでまたとぼとぼと出口を降り、30分後に①を繰り返す羽目に。その上に、(またこれを最初から言ってくれればいい物を)④もし私のほかに二人以上一緒に乗る場合は私以外の人たちは普通の人と一緒に列に並ばなければいけない。もうこれには頭来ましたね。回りを見ても障害者の人達なんてあまりいない。百人に一人くらいだと思う。障害者はただでさえ動き回るのが大変なのに、それにケチ付けて他の人と同じように扱おうという考え方が根本的に間違ってる! それだったら、みんな障害者と同じように出口から上がればいいじゃないか! それよりも障害者に適した列を作れば最初からみんなと一緒に列に待つことが出来るじゃないか! 別に優遇してもらおうとは思わないけど、なんだか障害者がためにまるっきり待遇が悪いって感じ。私だって普通の人のように歩きたいのに、、、

という事で愚痴ばかりになりましたが、それでも結構いろいろとみんなで乗って楽しかった。今回は去年乗るのを遠慮したアクセレレーターにも乗った。すごく怖かったけど楽しかった。下の娘も息子も今回は一回転のジェットコースターだけには乗りたくないと怖がっていたけど、来年になったらきっと喜んで乗るんじゃないかな。彼? 彼はもう一生涯ジェットコースターにも観覧車にも乗らないでしょうね。人一倍背が高い癖して高所恐怖症とは何事? ぷっぷっぷっ! :D

2011年7月31日日曜日

ナッツベリーファームリゾート

ナッツベリーファームリゾートでスヌーピー発見!
ナッツベリーファーム、とうとう二年間続けて行ってしまった。今年は違う遊園地にしようかなとは思っていたが、ついついホテルとナッツベリーファームへの入場料と朝ごはんが一緒になっている格安のパッケージを見つけてしまったばっかりに、また今年も行ってみる事にした。遊園地に家族で行った事のある人なら分かるはずだが、結構入場料で高くとられる。だから、今回はちょっとだけ得した気分。

ナッツベリーファームリゾートは遊園地のすぐ横にあって、遊園地まで歩いていける近さだ。事実、部屋にいても、テレビを消すと、すぐ近くのローラーコースターに乗っている人達の叫び声が頻繁に聞こえてくる。さてさてこのリゾート、部屋はリフォームされたばかりだと聞いていたのに、ちょっと古臭い感じ。すごい狭いし、お風呂場もちょっと窮屈。ホテルとしてはやっぱり遊園地だから子供達向けって感じ。プールに行ってもくつろげるものではなく、子供達うじゃうじゃでまるで市営プールだ。

たまには大人だけの時間が欲しいので、(何しろ結婚してからというもの二人だけの時間がまったく無かった)ホテルにチェックインした後、上の娘にベビーシッターを頼んで私と彼はロビー横にあるレストラン・バーに行ってみた。アメリカはハッピーアワーと言う時間帯があって、ハッピーアワー中に行くとお酒や前菜が三割から五割引くらいになる。バーに行ってみるとナッツベリーファームと同じテーマでレストランもバーも全部カントリーで満喫。もちろん音楽もカントリーミュージック。はぁ(ため息)、、私は音楽は何でも聴いちゃうほうだけど、カントリーとラップだけはちょっとだめなのよ。それにくわえて料理の味も悪いし、サービスもいまいちだった。

このホテルに泊まって唯一良い所は遊園地まで歩いていけるという事、という事は車を運転しなくていいので駐車料金を払わなくて良い(ホテルの駐車料金はパッケージに入っていた)。

まあ結果的にはパッケジーが無かったら、多分もう二度と泊らないんじゃないかな、というのが私の感想。

2011年7月29日金曜日

さっ、寂しい!

ホテルの前にあった日本料理レストラン、、、味はいまいちだったけど。
一ヶ月アメリカに滞在した母は、先週ロサンジェルス国際空港から飛び立たった。今はもう日本の自宅でまた忙しい日々を送っている様子。

さて当日は飛行機がお昼の12時55分発だと言うのに、母から朝の5時半にいきなり起こされた。早く起きないと間に合わないと、ちょっと少しストレス気味。ちなみに空港は泊まっていたホテルから30分足らずの所、、、まあ、朝のラッシュの事を考えてホテルを8時半か9時までに出れば十分よねっと思っていたので、それを考えてもかなり早い。結局6時半に起きてチェックアウトの支度を始めた。何事も無事に終えて、空港に着いたのは9時半ごろ。早速搭乗手続きをして免税店でお買い物をする事にした。免税店は結構いろいろな品物が並んでいて、自分が買えなくても結構楽しい。母はいろいろとまだ買っていないお土産があったので、そこで、ハンドバッグやら、タバコやら、お酒やら買っていた。途中冗談で「フェラガモのハンドバッグ買ってよ。」と母に言ったらすぐ「いいよ!」と返事が来たので笑っちゃった。ありがとうお母さん。気持だけもらっておきます。

そうこうする内に11時半になった。母は全日空のシニアサービスをお願いしてあるので11時半に全日空のお姉さんと待ち合わせをしていたのだ。急いでカウンターのほうにいって他の人達と合流、それからみんなでお別れとなった。今まで我慢していた感情も、やっぱり母が帰るとなると、どうにもならず涙が出てきた。「また会おうね。」「元気でね。」「アメリカにまた来てね。」ともう泣きながら抱き合った。日本人は普通お辞儀だけなんだろうが、もう今回はだめだった。二人で抱き合って泣いた。彼も、子供達もみんな涙ぐんでいた。

母とお別れの直前。やっぱり動揺が隠せない。
帰りの車の中でも「お母さん」と言う言葉はタブー。だって、誰かが「おばあちゃん」とか「お母さん」と言う言葉を言うたびに涙が出てきて止まらなかったから。やっぱり年取ると涙もろくなるよね。母はもう76になるし疲れるからアメリカには行けないと言っていたけれど、心ひそかに来年も来て欲しいと思ってる。

2011年7月17日日曜日

もうすぐお別れ


母がアメリカに来て早くも3週間。いろいろなことがありました。ブログに書いた事の他にもフェニックス植物園に行ったり、何度も何度も買い物に行ったり、お隣さんのおうちにお昼をおよばれに行って、お隣のお子ちゃま達にも「福岡のばあば」と親しくされました。家で暇なときもいっぱい映画を見ました。何しろ母は日本であまり映画を見ない人なので、昔の映画を見ていても初めてのようでした。ちなみに見たのは、、、さゆり、ラストサムライ、ミスターベースボール、蛍の墓、ワイルドスピードTokyo Drift、千と千尋の神隠しなどなど、全部日本語で見れるのか、舞台が日本のやつばかり、、、結構沢山ありました。たまにはビールやお酒、また彼に作ってもらったマルガリータを飲んでおつまみ食べながら、、、とても楽しかったな。今回は、私の骨折のせいで、家にいることが多かったけど、それもまたいいことだったと思う。

昨日はもうそろそろお別れということで、ホストママとパパの主催でお別れパーティーがありました。ホストママとパパの小さなお家にまた16人くらいぎゅうぎゅうでした。みんなでケーキを食べて、お話もして、母にとっては忘れられない思い出になったことだと思います。

明日からはカリフォルニアに旅行をするので、きょうは荷造りの真っ最中。それなのに、今ちょっと彼と母は二人だけでスーパーに買い物に行きました。二人だけで出かけるのはこれが初めてなので、とっても興味津々。ちゃんとコミュニケーションできているだろうか、、、

明日は朝早くここを出発してカリフォルニアに着き次第ハンティントンライブラリーにある植物園に行くつもり。火曜日はボートに乗って鯨見物。水曜日はビーチで一日くつろぐつもり。木曜日は母が日本に帰る日なので、あっという間に時間が過ぎそうです。後少ない日々を母と家族みんなで楽しく過ごすつもり。

2011年7月15日金曜日

ツナのタコス


タコスの写真取るの忘れた、、、
昨日は姪のビビアナちゃんの誕生日だったので、またクーリッジの両親の所に遊びに行った。ビビアナちゃんは9歳なので、うちの娘と大の仲良し。いとこ同士いつも仲良く遊んでいる。

さて、お呼ばれに行って食べたものはツナのタコス。これはやっぱり彼のお母さんのオリジナルだと思う。簡単に言うと、やわらかいタコスの皮(白のトウモロコシで出来ている方)にツナ缶のツナとチーズをはさんで油で揚げた後に普通にレタスやトマト、それに手作りのサルサをのせて食べるのだが、これが以外に美味しい。白人世界にどっぷり使っていた頃は、タコスと言うと、タコベルのタコスやスーパーで箱に入って売ってあるパリパリのタコスくらいしか思いつかなかったけれど、彼に出会ってからはいろいろタコスにもバラエティーがあるのを知った。それに、タコスの皮も自分のうちで揚げるから、揚げたてがとても香ばしい! それに彼のお母さんが作ったサルサはスーパーで買うサルサより断然美味しい。それをメキシカンライスと一緒に食べた。普段は硬いものが嫌いな母も美味しいと言って食べていた。

もう母もアリゾナは後三日でお別れなので、今のうちに思いっきり美味しいメキシコ料理を記念に食べてもらわなくっちゃ。

2011年7月14日木曜日

カルチャーデー


アリゾナ州の真ん中あたりにあるカサグランデの近くにクーリッジという小さな町がある。そこが私の夫の出身地。今回はそこにあるレクレーションセンターで子供達のためにカルチャーデーをするからボランティアで日本を紹介して欲しいと、息子に頼まれた。その日は結婚式の一日前だったので、どうしようかなと迷ったけれど、せっかく日本から母が来てるし、息子のためだしやってみようかという事になった。

子供関係となると私、すごく張り切ってしまう。箱に入れたっきりの浴衣を取り出して母に着せてもらい、母にもお花を生けてもらった。うちの母は小原流のお花の先生なので、正真正銘の日本の華道だ。家に飾ってある扇子や、昔日本から持ってきた茶箱も持ち出してテーブルを飾った。ついでに今は壊れてしまった寿司の時計も持って行った。子供達がいっぱい来るわけだからいろいろ飽きないように、折り紙を持っていって鶴を折ったり、お習字でみんなの名前をカタカナで書いてあげたりもした。

それにしても一番受けたのが、母に日本から持ってきてもらった物。その物とは日本の姪に新聞のチラシで折ってもらったごみいれ。前に日本に行ったときに姪がチラシで折り紙の箱をいっぱい折っていた。「これ何するの?」との私の質問に、姪はいとも簡単にごみ入れにするのだと説明してくれた。実際テーブルにおいててもキッチンにおいててもちょっとしたごみを捨てるのにとても便利。それも全部溜まったらそのまま箱ごと捨てられる。特に冬コタツでみかんでも食べたりするときにはみかんの皮を捨てられて便利かもしれない。ところが、このカルチャーデーではこれをひっくり返して子供の帽子としてヒットしたのだ。ああ、ごみ入れが子供の帽子になるなんて誰が思ったことだろう。これには断然うけてしまった私達だった。

ちなみにその後私達は新聞にも載ったんだよ! リンクはここよ!

2011年7月13日水曜日

結婚


2011年7月9日土曜日、今までの長い道のりを経てついに結婚となった。

婚約期間が長かった理由は今までずっとずっと教会から前の結婚を無効にするアヌルメントの許可が下りるのを待っていたから。でももう3年以上もかかっているし、私も年とるばかりだし、母も日本からちょうど来てるしという事で、4月くらいから「結婚しようかな?」と思ったとたん行動に移してしまった。

結婚式は近くのイタリア料理のレストランで裁判官に出張勤務してもらい家族の前で行われた。本当は教会結婚で大勢を招いて普通の結婚式と披露宴をするつもりだったんだが、教会からまだ許可が下りていないので、ひっそりと内輪でする事にしたのだ。だから私の格好も白の短パンとタンクトップという教会結婚だったら絶対だめだろうなぁと思わせるすごいカジュアルな物にした。

結婚式の後はお昼をレストランでいただいて、シャンパンでの乾杯とケーキカットは自宅で。お金をかけた豪勢な結婚式も良いけど、やっぱり愛する人たちに囲まれてひっそりとする結婚式も格別だ。やっぱり愛はお金では買えないものよねと思った瞬間だった。

2011年7月6日水曜日

週末のいろいろ、、、

ホテルの美術館で
木曜日にいきなり子供達がパパの家に行くようになって大人三人になってしまった先週末。いきなり大人ばっかりで何しようかなと考えて思いついたのがカジノ。アリゾナ州は法律で賭けは規制されているが、だからと言ってわざわざネバダ州まで行かなくても一応カジノはある。 というのも、アリゾナにはインディアン(アメリカではネイティブアメリカンと呼ぶ)の土地が結構あるから。インディアンの土地では普通のアリゾナの法律が通用しない。だから、インディアンの人達が結構カジノを建てている。もう20年位前は一つしかなかったカジノも今は結構ポツンポツンとアリゾナ州中出来てて、ホテルのあるものもある。今回はスコッツデールに新しく出来たピマ種族のカジノに行って来た。ここはホテルがあるので高級レストランもあるし美術館もある。まだ出来たばっかりでカジノにいるとまるでラスベガスにいるようだ。ホテルに着いた時はもう夕食時だったのでレストランで夕食をとって、その後はスロットマシンで2時間ほど遊んだ。結局みんなで合計75ドル摩った。残念。その後は14階にあるラウンジで夕焼けと夜景を見て帰った。その日はお寿司25ドルで食べ放題の日だったみたいで、すごい列が並んでいた。普通アリゾナのカジノというとお年寄りが多いのだが、ここはスコッツデールに近いせいもあって若い人たちがかなり来ていた。すごくうるさい。

日曜日は久しぶりにホスト従妹がアリゾナに来たのでホスト叔父さんの家に夕食に招待された。叔父にはうちの母も昔会ったことがあるので久しぶりのご対面は昔の事を思い出させる。ただ今回会えなかったのは、ホスト叔母のキャロル。キャロルは数年前白血病で亡くなったからだ。今は叔父は新しい奥さんをもらって同じ家に住んでいるが、新しい奥さんは家を装飾するのがすごく上手。お金がかかっても、これは良いと言う物は必ず手に入れる人。それで母がとても気に入っていたのがこのラマという動物の乗り物。まるで子供の馬の乗り物のようにラマに乗れる。結局「え、本当に乗れると?」と言いながら自分ものって大満足してた。
今日は洗濯の日。彼が仕事に行っているのでどこにも行けないので帰ってくるのを待っているだけ。たまにはこういう日があってもいいよね。

2011年7月1日金曜日

犬は飼い主に似る


「犬は飼い主に似る」という言葉を聞いたことがあるが、今回は本当にそうなった。私が右足を骨折した事はもう前に話したが、今回はなんとスノーボール君の右足がおかしい。数日前から右足の調子が悪いみたいで私みたいに足をびっこして歩いているではないか。足を調べてみても別に何も変わった所はないし、足中触ったり強く押したりしてもキャンともスンとも言わないのでいったい何が悪いのか全然見当が付かない。ただ私の後をゆっくりゆっくりびっこ引きながら歩いてくる。なんとも不思議な感じ、、、今日は丸三日目なので金曜日だし、犬猫病院に連れて行こうか迷っているところ。早く彼出張から帰って来てくれないかなぁ、、、

2011年6月30日木曜日

ショッピングモール巡り


月曜日はは朝だけ自宅勤務でお昼はショッピングモールに行ってきた。アリゾナミルズはだだっ広い一階建てのショッピングモールなので、車椅子の私でも簡単に行ける。残念ながら車は運転できないので、行きはお隣さんに連れて行ってもらい、帰りは彼に迎えに来てもらった。
アリゾナミルズにはいろいろなお店が入ってるし、安いから私の好きなモールの一つだ。アリゾナ州のお土産のお店もあるし、キッチン製品のお店や、お洋服のお店も沢山。また最近は新しくモールの中に水族館も出来ているのだが、日本から来た人には大して珍しいものでもないのでパスした。

義娘はおばあちゃんにお洋服を買ってもらってすごく感動してた。私はというと、、、やっぱり洋服見てても試着する気になれないしねぇ、もうあと2ヵ月は洋服も靴も買いたくないなというのが本音。

火曜と水曜日は私も彼も一日中仕事だったので娘と息子を母に任せて(というより母を娘と息子に任せてかもしれない)仕事に向かった。時たま娘から電話が入って、「おばあちゃんが洗濯機を回したいけどどうするのか聞いてるよ。」とか、「コーヒーポットの付け方が分からない。」とか、まるで通訳のようにちょくちょく聞いてきたのでおかしかった。

今日はみんな子供達がパパとママのうちにそれぞれ遊びに行ったし、彼は出張なのでなんと母と二人きり。こういうときは車が運転できたらいろいろと遊びにいけるのにと思うと本当泣けてくる。しょうがないからまたお隣さんに頼んでもう一つのショッピングモールに連れて行ってもらうことになった。

いったい彼が帰ってくる明日まで何をしようか、、、? 今回は私のいきなりの骨折が計画にひどく影響してせっかくアメリカに来てくれた母にとても申し訳ないという思いばかりだ。(涙)

2011年6月27日月曜日

ランチで初対面


昨日は彼の家族やホストママとパパを招いて家でランチをした。メニューはBBQサンドイッチ。BBQと言っても外で作るやつではなくて、電機鍋を使って長時間煮込んだもの。お肉は牛肉と豚肉で二種類。どちらも同じように味付けをして前の夜から料理開始。でもやっぱり出来た後の味は違った。もちろんどちらもおいしくてグー! それからホストママとパパにはコールスローを持ってきてもらい、義息子にはデザート。簡単にしたつもりだったけど、彼は私が動けないので、てんてこ舞いしていた様子だった。すごく気の毒。

ランチは結局全部で17人ほど集まってわいわい。主役の母はいきなり沢山の人と初対面でちょっと圧倒されていたみたい。特に彼の父親は冗談ばっかり言うけれど、冗談は訳してもちょっと意味が分かりずらい。意味が伝わらないので相槌を打つのが精一杯のようだった。母を見てると私も25年位前アメリカに来た時はこうだったなぁ、としみじみ思ってしまった。私の方は通訳で一日中喋りっぱなしだったので、一日の終わりにはのどがすごく痛かった。それにしても通訳ってのはすごく難しいね。頭の中では分かっていてもすぐ言葉が出てこない。こんな時は同時通訳が出来る人をすごく尊敬する。

あっ、そうそう。彼の父がうちにあった車椅子を持ってきてくれた。やっぱり車椅子はすごく楽。腕は筋肉痛で痛いし、松葉杖は歩くのに時間がかかるので、車椅子は大助かりだ。特にうちの床は全部タイルなので動くのにも楽チン。すごく嬉しかった。でもたまには松葉杖も使わないと余計カロリーの消費が少なくなるぞとは思ってる。

2011年6月26日日曜日

身体障害者になっちゃった、、、

5月の初めに転んでからもう一ヶ月以上経ったというのに足の腫れがまだ治まらない。てっきり捻挫だと思い込んでいた私もこれはおかしいので専門家のお医者さんに行ったらなんと、足の骨が折れてました! ガーン! それも3箇所で、、、骨が折れているところをちょっと先生に押さえられて、「うーん、ちょっと痛いかな。」 またもう一所今度はグイっと押されて「あっ、それはちょっと痛いです。」って言ったら、笑われた。先生はあきれて「あなたは相当痛みに強い人ですねぇ。骨折れてますよ。」なんておっしゃっていた。でも痛くないんだもんね。「あのぉ、レントゲン見せてもらえますか?」なんて疑ってしまったくらい。でも見せてもらってはっきりと折れているのが分かった。それで禁止事項は以上:
1. 運動は禁止(あぁ、太るぞ、、、)
2. 歩く時は松葉杖を使うこと (腕の筋肉痛のほうがいたい、、、)
3. 車の運転は即禁止(右足なので、、、)
4. 常時足を固定しておくこと(ギプスはしなくて良かったがブーツを履いている)

それにしてもタイミングが悪すぎる! 母が日本から来る予定でいろいろと計画を立てていたにもかかわらず、私が車の運転を出来ないために、ほとんどがだめになってしまった。とても悲しいっす、、、 その代わり、夏の終わりに行く予定をしているナッツベリーファームではローラーコースターに乗ってもかまわないそうだから、、、一応ほっ。それも今では「障害者」になってしまったので列に並ばなくてもいいんだよと先生に変に励まされてしまった。

実際、身体障害者用のプラカードを取りにお役所に行ったら、いつもは長く待たされるのに、今回は列に並んでいる他の方々を尻目にあっという間に私の番が回ってきた。どこに行ってもみんなすごく親切にしてくれるし、すごくありがたい。しかし、2、3メートル歩くのに時間がかかるし手に物を手に持って歩けない(松葉杖を持っているから)し、いつもは簡単に出来た事がなかなか出来ないのがとても悔しい。

2011年6月25日土曜日

母アリゾナに無事到着

いろいろと準備でストレスの溜まった一ヶ月もあっという間に過ぎ、ついに母がアリゾナに到着した。私達はロサンゼルスの大きな空港が心配だったので、乗り継ぎは止めにしてもらってLAXまで迎えに行った。ついでにサンディエゴに遊びに行っている義娘も一緒に迎えに行ったので、全部で14時間ほどの運転全部彼にしてもらった。空港ではシニアサービスを頼んでおいたので、全日空のかわいらしいお姉さんに連れられて出口を出てきた。おばあちゃんを探すぞとアメリカの国旗を持って張り切っていた娘も実際出てきた母を見て、「あれおばあちゃんかな?」なんてちょっと怪しい感じ。「そうだよ。」と言ったら大喜びで走って行ったが、実際に会ってみるとちょっと恥ずかしがっていたみたい。その後彼と彼の娘にもご対面。やっぱり初めてだから最初はみんな恥ずかしそうにしていた。家に届いたのはもう夜の8時くらいだったので夕食はサブウェイで買ったサンドイッチで簡単にした。

さてさてこれから一ヶ月、、、久しぶりに思いっきり母娘の時間を過ごしていくつもり。喧嘩しないようにがんばるぞ。(爆)

2011年6月16日木曜日

変わり果てたビーチサンダル

犯人(犬)
あああ、、かなしい。昔買ったビーチサンダルが古くなってきたので、つい最近新しくビーチサンダルを買ってきたのに悲しくもスノーボールの餌食になってしまった。いつもいつも子供達に靴を脱いだらすぐ片付けるようにと言っていたにもかかわらず、この2、3日子供達がホストママとパパの家に遊びに行っていたので気を抜いてしまった。すっかり自分のサンダルを片付けなかったばかりにこれ。彼に「子供達にいつも言ってるじゃない、忘れたの?」と言われても何も言えなかった。唯一の救いは安いビーチサンダルだった事。反省、ちゃんと今度から注意します。ちなみに本人は今日も子供達の靴をくわえ自分の寝床にコレクションを蓄えているもよう。

2011年6月12日日曜日

初めての一人旅

義娘の乗った飛行機
すっかり書くのを忘れていたが、ちょうど一週間前彼の娘がサンディエゴまで遊びに行った。お姉さんがサンディエゴに住んでいるので3週間ほど遊びに行くことになったのだ。娘は飛行機に乗ったことはあるけど、一人で乗ったのは今回が初めて。それも理解不可解なんだけど娘のお姉さんが買ってくれた航空券はデルタ航空のもの。デルタ航空はフェニックスからサンディエゴまでのノンストップが無いって知ってる?フェニックスからユタ州のソルトレークシティー(反対方面)まで飛んでそこで飛行機の乗換えをしなくてはいけない。他にも格安チケットはいっぱいあるのにどうしてノンストップの航空券を買わなかったのかは私には非常に理解できない。

しょうがないので航空会社に電話して、未成年者をお手伝いできるカスタマーサービスはあるかと聞いてみると、あるが100ドル払わなければいけないと言う。なんてこったい。100ドルもお金出すんだったらカスタマーサービスじゃないじゃん。しょうがないので、本人が自分で出来るように教えることにした。まあ、15歳だから大丈夫でしょう。「かわいい子には旅をさせろと。」と言うことわざもあるしなんて、心配しまくっている彼を横目に私はもう腰をすえてリサーチ。問題はソルトレーク空港なんだから、空港のターミナルの地図をプリントして搭乗口を全部ペンで記した。地図を見てみると飛行機を降りて次の登場口までかなり歩かなくてはいけない。時差もあるし、時々搭乗口が変わってしまうこともあるので、搭乗口を無事見つけたとしてもちゃんと航空券を取り出して、便名の確認をしなくてはいけない。

もう搭乗まで24時間をきっていたので、ついでに家でチェックインを済ませることが出来た。それにしても、荷物一つに25ドルもとられたのはびっくり。一昔前は荷物一つや二つは無料だったのに。今は一つ目から料金が加算される。国内旅行は安いように見えて、結構洋服や靴を沢山持っている女性には高くつきそう。

当日は朝4時起き。眠い目をこすりながらみんなで空港に向かいました。残念ながら航空保安のため今は搭乗口まで未成年を付き添いでお見送りに行けるのは一人だけ。それもちゃんと身分証明書を見せてパスを貰わなければいけない。だから、彼が娘をお見送りに行っている間、私達は空港内で飛行機を見たり遊んだりしていた。そうこうするうちに無事義娘の乗った飛行機は離陸。

はらはらする彼とは裏腹に本人はちゃんとソルトレークシティー空港で搭乗口を見つけ飛行機を乗り換えサンディエゴに無事に着きました。それでもその夜は、彼も私も神経が疲れた。私がアメリカに来たのは18歳の時なので、義娘の歳と3年しか違わない。18歳の娘を一人で外国に送った私の両親は、きっとその時心配で眠れなかったんじゃないかなといまさらのように思った。

2011年6月11日土曜日

かわいそうなスノーボール


うちのスノーボール君はもう5歳なんだけど、アメリカでは珍しく去勢手術をしていなかった。スノーボールは去年うちに来る前は外犬だったしあまりお世話してもらわなかったみたいで、来たときは汚くて、犬の登録もされてなかったし、と言うこともあって、もちろん去勢手術もされていなかった。去勢手術は別にみんながみんなするわけではないけれど、野犬の量を少なくしようという政府のプレッシャーもあって沢山の人がしている。現に犬の登録をする場合、去勢してある犬と、してない犬では料金が25ドルも違う。去年は時間が無くてしょうがなく高い料金を払ったけど、今年はやっぱり25ドル節約したいので、昨日さっそく手術にいぞむことにした。だからスノーボールはおとといの夜から手術のために絶食。昨日の朝は動物病院に行くためにリードをつけておおはしゃぎのスノーボルを横目にすごく心が痛んだ。ごめんよ、スノーボール。

夜迎えに行ったらまだ麻酔が効いていたみたいで舌が横からはみ出してる。すごくかわいい反面かわいそう。帰ってきた後は傷口を舐めないようにカラーを付けてちょっと大様気取り、、、てことも無いが、すごく痛々しい。これからは一週間くらい抗生物質を飲ませて回復に臨む。

そういえば今週はうちの家族が二人も手術したんだ。本人(犬)達もお世話する側も大変忙しい週だった。

2011年6月10日金曜日

結婚証書取って来ました

これが有効期限1年間のアリゾナの結婚証書。
結婚した直後にこの証書にみんなで署名をすると出来上がり。
上は私達用で、下の部分は切り取ってお役所に送れば正当に結婚したことになる。
ちなみに有効期限までに結婚しなければ無効になってしまう。
彼と二人で結婚の事どうしようかと考えた挙句、やっぱり母が日本から来るときに思い切って結婚する事にしました。早速金曜日に子供達に私達の胸の内を告白。3人ともあっさり、それが良いよと言ってくれました。土曜日には彼の息子(大人)が家に遊びに来たので、その時に同じように。彼も喜んでくれました。日本の母にも電話で連絡したけど、前々から結婚することは決まっていたし、「何でそげん時間かかりよっと。」とよく言われていたので、こちらも結構あっさり。

結婚式は裁判所で裁判官にしてもらい、家に帰ってきてみんなで食事をするだけのすごくささやかなものにしようと思う。彼の息子のお友達がたまたまレストランの料理長なので彼にケイタリングを任せようかな。自分の結婚式の日に料理はしたくないもんね。かといって普通のレストランに調達してもらうとかなりお金がかかるし、、、夢の教会結婚じゃないので、今回はなるだけお金のかからないようなこじんまりとした結婚式にするつもり。